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コーチング(心理学含む)を結構学んだ僕が今も実践している使えるスキル【TOP5】はこれだ!~

使えるスキルはこれだ!

いまだコーチングについてのアクセスが伸びているので、久々にコーチングについて書くことにしました。

僕自信コーチングを学ぶなかで「これは効果あった!」とか「これはどーなん?」と思うものがあったわけですが、今回はその中でもいまだに僕が使っているスキルや考え方をTOP5方式でまとめてみました。

あくまで『コーチングを”多少学んだ” オッサンの戯言(たわごと)程度に受け取って戴けると幸いです。

使えるスキル・概念ランキング

第5位

①宗教嫌いの神様好き

-斎藤一人さんの動画より-

② The world is plotting to do them good.
 Everything that happens is pushing them in the right direction

-English Centralのコーチング動画より-

この3つ、表現はさまざまですが概念としてはほぼ同じと言えるでしょう。

『物事が起こるのには理由がある』『すべては神様の思し召し』的な考え方ですね。基本は、神様なのか、大宇宙なのかわかりませんが、「自分を良い方向に導いてくれている」という考え方です。

斎藤一人さんについては、何本か動画を拝聴したのみで、著書を読んだこともなければ、セミナーや講演会に参加したこともありません。

しかしこの考え方に共感できたため時々思い出します。僕は宗教嫌いというわけではありませんが、無宗教です。そして一人さんと同じように自分の中に独自の神様を持っているような気もします。『困ったときの神頼み』みたいなものですが 笑

普段何をするわけでもないですが、嫌なことがあったときは「これは神様が与えた試練かも」や「この災いが転じて将来プラスになるはず」と考えるようにしています。

誰か特定の人物を神様と崇めたり、誰かが作った団体に属したりではなく、自分で自分自身を高められるよう神様を作っているのですね(たぶん一人さんもそんな感じではないかと)。

よくあるポジティブシンキングかもしれませんが、「神様が良い方向に導いてくれている」と考える方が「ツイていない」「最悪だ」「自分はダメな人間だ」と考えるよりよほど健康的だと思います。

下記English Centralさんの動画なのですが、ここでも同様のことが語られています。よろしければ参照ください。※動画閲覧には(無料)登録が必要です。

前向きな態度で、何かいいことを生み出そう

ーリンク元:English Centralー

第4位

相手の欠点が見えるのは「この関係を終わらせたい」と思っているから。目的が変わっただけ。

-岸見一郎氏/古賀文健氏 著 『 嫌われる勇気』より-

これはその人がどこかの段階で「この関係を終わらせたい」と決心をして、関係を終わらせるための材料を探し回っているから、そう感じるのです。相手は何も変わっていません。自分の「目的」が変わっただけです。

これについては納得と言うかそう思うようにしています。

僕は初対面の人や、よく知らない人をいきなり嫌いになることはほとんどありません。わりとフレンドリーなほうなので友達も出来やすいです。

にも関わらず、付き合いが深くなるにつれて相手の欠点が気になって、その相手が嫌いになったり、相手から嫌われたりすることがよくあります。

すごく仲良かったのに、口論になったり、なんとなく疎遠になったり、2度と会わなくなった人も多々います。

10代20代のころは「なぜこんなに友達や同僚とケンカになるんやろ?僕が思ったことをハッキリ言いすぎるから?わがままだから?と悩みました。」

しかし氏の『嫌われる勇気』を読んで以来「そうか、自分が、もしくは相手がこの関係を絶ちたいと思っているから相手の欠点を無意識に探し(造り)だしていたのか!」と気づきました。

相手にそう思われたときは仕方ないと思うようになりました。*同じく『嫌われる勇気』にある『承認欲求を認めない』という考え方ですね。

相手に欠点が見えるようになった時については、これまでなら『相手のために悪いところは指摘し治させなければ』などと考え方結局相手を怒らせたものですが、この概念を思い出してからは他人の課題として『出来る限りの支援はするがそれ以上介入しない』ようにしています。

それでも疎遠になってしまう人がいたら、「そもそも互いの人生に互いの存在は必要なかったのだ」と思えるようになりました。

※この部分については独自の解釈が含まれており、著者が本来伝えたかったこととは多少の相違あるかもしれません。詳細は著書でご確認ください。

追記)この記事を書いているまさに今、胸を引き裂かれるような別れを経験しました。またも酔った勢いで相手を傷つけるようなことを言ってしまったのです。死ぬほど後悔しています。今回も上記のように考えなければと思うものの、やはり大好きだった、しかもこれまで仲良かった相手に嫌われてしまうというのは耐えがたい悲しみです。「やっぱり僕はダメな人間なのか・・・」と思いそうになっていますが、なんとかこの概念のおかげで持ちこたえています。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

第3位

他人の関心事に関心を持つ

岸見一郎氏 講演会より-

続いて第3位も同じく『嫌われる勇気』の岸見一郎氏の哲学論です。著書に書かれている概念ではなく、岸見氏の講演会で聞いたものとなります。

もともと僕は他人に関心がなく友人や恋人といても自分のことばかり話す男でした。

その為(だと思うのですが)、「またあなたと話したい」と言われることもなければ、相談を受けることもありませんでした。

フレンドリーな性格ながら人見知りはする為、初対面の人や(販売業や接客業でも)お客さんなどと話を弾ませることがすごく苦手でした。

そんな僕がこの概念を知ってからは、20代前半から40代まで、色々な世代の女性から恋愛相談を受けるようになり、外国から来たお客様とも話を弾ませることが出来るようになりました。

詳しくは下記の過去稿に記載していますので、よろしければどおぞ!

第2位

未来の記憶を作る(アファメーション)

ールータイス氏/苫米地英人氏著『アファメーション』よりー

アファメーションの著者であるルータイス氏と、その朋友ともいえる苫米地英人氏が共に推奨するコーチング理論『アファメーション』。

脳機能科学者の苫米地氏が言うように「脳は現実と空想の区別がつきにくい」ものなのだそうです。

その特性を活かし眠る前や起床直後に自分の理想像を言葉にし、何度も脳に語りかけることで、実際に脳が自分自身をそのような人間だと勘違いし、現実との相違を埋めようと脳が肉体と細胞に働きかける、という一種のスキルです。

これをやり始めてから、自分でも驚くほど、奇跡的ともいえるようなことが次々と起こっています。

アファメーションはこの本単体で学ぶと難しすぎるかもしれませんので、苫米地英人氏の『まずは親を超えなさい』を読んでから読むと理解しやすくなると思います。

まずは親を超えなさい!

第1位

目標設定は必要を生むことに他ならない(アファメーション)

-ルータイス氏著『アファメーション』より-

必要が生じてはじめて認識できる。

これは『まさしく』だと思います。僕は4、5年前からプログラミングの重要性を感じ学ぶようにしていたのですが、いっこうに知識が身につきませんでした。

英語についても長年学んでいますが、ある時期を境に全く上達しなくなりました。※歳のせいもあるかもしれませんが 笑

それは海外からのお客様が9割以上のホステルの受付業務をしてからも同じでした。割とテンプレート的な文章だけ押さえていればそれなりになんとかなるから、ということも僕の怠け心に火を点けていたのかもしれません。

ところがそのホステルで働いて1年程経った頃でしょうか。「ホームページの編集をお願いしたい」や、「ネットワークの設定が上手くいかないので頼めないか」など仕事を頼まれるようになり、それに伴い大きな責任感とやりがいを感じるようになりました。

それからというもの、仕事を頼まれると業務時間内外関係なく調べました。自発的に無償で何時間も残業したこともあります。

そうこうする内、僕のITスキルも50前のオッサンの独学としては信じられないほどのスピードで成長したと思います。

何の責任もやりがいもないときに本や動画で覚える知識よりも、必要性に駆られ身につけた知識のほうが何十倍も身に付くものだと強く実感しました。

下記は僕が色々カスタマイズを施した、僕の自慢の当サイトトップページです。よろしければ見ていってください。

HIISHI.JP フロントページ

 

アファメーション

アファメーションとは、未来に対する目標の宣言であり、己が何者で、何ができるかというセルフイメージを向上させるための言語を用いたツールです。

ー苫米地式コーチングよりー

苫米地式コーチング

 

番外

なかでも最も重要なのは確信である。あることを信じるのなら、全面的に、絶対的に、疑いの余地なく信じなさい

-ウォルト・ディズニー-

先日ツイッターを見ていて、あの『はあちゅう』さんがツイートした投稿がシェアされており、それがすごく刺さるものだったため、いいね&保存しました。

 

またもや『アファメーション』からとなりますが、同様の概念が記されていたため、ここでも紹介しておきます。

何を達成するかは、ほとんどの場合、何を信じるかによって決まります。

-『アファメーション』より  ルータイス氏-

 

※TOP5に同じ人物の著書とその概念が出てきますが、僕が学んだ文献がこの方達に限られているからではございませんのであしからず。割と多くのコーチング団体やコーチの著書、セミナー等に参加しているほうだと思います。その中で印象に残った、自分に実際に役だった、というもをランクインさせました。

 

 

Eye-Catch Photo by Ahmet Sali on Unsplash

みんな、コーチングを学ぶとよいことあるよ2 ~外人コンプレックスだった僕が、外国人の友達を作る方法を教えます!~

今回は、たった二つの考え方を変えるだけで、外国人の友達がたくさんできる方法をお教えします(外国人と会う機会が多い人に限りますが)。

現在でこそ英語を仕事にし、海外渡航経験も多い僕ですが、実はつい最近まで『外人コンプレックス』だったんです。

●外人コンプレックスとは!?
外国人を見ると「うわっ!ガイジンさんや!サインもらおう!」など、ただ『外国人』というだけでもれなくVIP待遇を施し、同時に「ガイジン、足長っ!」「顔ちっちゃ!」など外国人に対し強い劣等感を持つ人たちのことをいいます。※最近はこんな人いないですね 笑

そんな僕がどのようにしてコンプレックスを克服できたのか・・・今回はお話ししたいと思います。

外人コンプレックスだった理由(わけ)

僕が外国人コンプレックスだった理由をひとことで言うと・・・

緊張するから

です。

僕たちが子供の頃は近所で外国人を見ることなどほとんどなく、たまに見かけると「サインもらおう!」などと騒いだものです。ただでさえ人見知りの僕にとって、海外の人と仲良くなるなど、かなりハードルの高いことでした。

成人してニューヨークへ渡航してから、その思いはさらに強まります。

皆さんは日本人も海外に出ると差別を受けていると言うことをご存じでしょうか?僕は知りませんでした。現地に初めて行ったときはショックを受けました。

一部の白人がアジア人に対し強い差別感情を抱いていると感じる出来事があったんです。それも一度や二度ではありません。白人、と言うよりは『ニューヨーカーの、アジア人男性に対する差別』といったほうが正確かもしれませんが。
※この件は物議を醸す内容且つ今回の趣旨と外れるためここでは細かくは触れませんが、多くの日本人が同様の経験しているということも事実です。

その後ニューヨークでは複数名の外国人の友人が出来ましたが、それでも苦手意識は抜けませんでした。

日本では連日のように韓国人や中国人が日本人を嫌っているという報道がされています。ひとたび欧米に行くと白人も黒人も黄色人種に対し差別意識を持っていると感じさせられます。

こうして僕の外国人に対する苦手意識は強まっていったのでした。

外国人と接する機会が多い僕の仕事

ところで僕は、これまで外国人と接する機会の多い環境に身を置いてきました。

現在も京都のゲストハウスで働いています。当宿泊施設のお客様の割合は、ざっとですが、5割ぐらいが欧米から、4割ぐらいが日本以外のアジア諸国から、1割が日本人のお客様といった具合です。

なんで外国人が苦手やのにそんなとこで働いてんねん!

とツッコまれそうですが、『接客が好き』ということと、『お金をもらいながら英語の勉強が出来る』という理由から応募し、今日に至るわけです。

実はここでも『外国人は苦手や』と思わされる出来事がありました。

僕は主に夜の受付を任されているのですが(夕方から深夜3時まで)、僕が働き始める時間になると、数名のお客さんがビールを片手に受付前やラウンジをうろうろし始めます。で、まもなくお客さん同士が意気投合、飲み会が始まります。

いつもは飲んで騒ぐ側の僕も、このときばかりはお客様に静かにしてもらわなければならない立場なんです。

ところがこの『静かにしてもらう』というのが一筋縄ではいかないんですね。異国へ来た開放感と、安く飲めるお酒、現地(日本)で知り合った友人などが集まって飲んでいるのですから、テンションMAXになるのは、ある意味当然といえるかもしれませんが・・・。

「お願いだから静かにしてください」と、どんなに一生懸命頼んでも、まず聞いてはくれません。それどころか逆ギレして余計騒いだり、音楽のボリュームを上げたり、歌を歌い出したり。母国語で何か話しながらこちらをニヤニヤ見て悪口を言っているような時もありました。ここには書けないような暴言を吐かれたこともあります。

ショックでした。

僕がアジア人だから白人や黒人からバカにされているのか!?
日本人だから中国人や韓国人から嫌われているのか!?

そういう被害妄想的心理も働き、自分の感情を抑えきれず何度かキレたこともあります。マッチョな大男と一触即発になったこともあります。

唯一こちらがキレたり怒ったりしたときだけ騒いでいた人達も静かになるので、自分の職務をまっとうするためにも少々感情的になるのは仕方がないことだと思っていました。

このままだと仕事嫌いになっていた

その頃は毎日の仕事がしんどかったです。人間(外国人)不信にもなりかけました。

「このままでは仕事が嫌いになる」

「コーチング等でコミュニケーション術も学んだのに、外国人には通じないのか」

などネガティブ思考に陥りかけたとき・・・。

せっかく時間とお金をかけてコーチングやその他のコミュニケーション術も学んだのだから、こういうときこそ試してみなければ意味がない!と考え直し、効果的なものがないか思い出してみました。

それが以下に紹介させていただいた2つです。いずれも思いのほか効果があった為、この度紹介させていただくことにしました。

まずは苫米地式コーチングより。

1.エフィカシーを高める

エフィカシーとは簡単にいうと『自己評価』のことです。自信や実績などなくても「自分は価値があるスゴい人間だ」と思うことで人間関係が円滑になり、目標に近づけると苫米地氏はいいます。※厳密には少し違ったニュアンスかもしれませんので、詳細について興味のあるかたは氏の著書をお読みください。

「自信なんて、いりません」 ならば、自信のかわりに、何を持てばいいのか。それは、高い自己評価です。エフィカシーともいいます。本当に持ってもらいたいのは、「今の自分だからできる」という、確信なのです。ー35ページから抜粋ー

「私と付き合えるんだから、うれしいでしょ?あなたの価値が低いってわかったら捨てますよ」と、そういう気持ちでいたほうがいいのです。-120ページから抜粋-

ー苫米地英人 氏著 『悩みを幸せに変える法則』よりー

僕の場合ここまで上から目線になることはないのですが、それでもお客様に個人的な質問をするときや、好きな人に告白するとき、必要以上に媚びることのないよう、前述の苫米地氏の言葉を思い出すようにしています。

相手が白人だろうと黒人だろうと引け目を感じることなどない。人種や国籍に関係なく、僕自身はスゴい人間なのだから・・・。

悩みを幸せに変える法則

2.他人の関心事に関心を持つ

こちらはコーチングではなく、アドラー心理学の考え方なのですが、『嫌われる勇気』の著者、岸見一郎先生が御自身の講演会でよくおっしゃっておられた言葉です。

『他人の関心事に関心を持つ』

今ほどこの言葉がしっくりくると思ったことはありません。

お客さんのタトゥー、ピアス、ヘアスタイル、ファッション、持ちもの、なんでもいいんです。何かこだわりを感じたら、できるだけ話題にするようにしてみました。

するとどうでしょう。たったそれだけのことで、お客さんのほうから僕に昔の写真や最近の動画を見せながら、どんどん自分のことを話してくれるようになったのです!

この点については外国人の方がよりダイレクトに反応があるとわかりました。日本人の場合、褒められても照れたり謙遜したりと素直に喜ばない人が多いため、それ以上話が広がらない場合も多々ありますが、海外の人たちは素直に喜び、更にアピールをしてくるといったわかりやすい反応を見せてくれます。

飲んで騒いでいる人を注意する場合でも同じことがいえます。真面目に「周りの迷惑になるので静かにしてほしい」とお願いしても全く聞いてくれなかったお客さんが、僕のほうから「そのお酒おいしそう!」とか「すごく盛り上がってるけど何の話してるの?」という入り方をすると、うれしそうにいろいろ話をしてくれるようになりました。

で、その後に「君たちが静かにしてくれないと、僕が解雇されてしまうので、少しだけ静かにしてくれない?」や、「このホステルの周りだけ静かにしてくれたらそれでいいから。遠くでどんなに騒いでも君たちの自由」などというと大ウケで、静かにしてくれるようになったんです。

それどころか、そのときに仲良くなったお客さんが、積極的に他のお客さんにも静かにするよう呼びかけてくれたり、深夜2時過ぎに飲み会後のグラスやテーブルを片付けに来てくれたり・・・。

涙が出そうなくらい嬉しい出来事も多々起こるようになりました。

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

最近では連日のように海外のお客さんが夜の受付に来て自分達のことを話して去って行きます。笑

その中でアメリカ人の女の子と遊びにいく約束をしたり、フィリピンの兄ちゃんとFacebook友達になったり。

この仕事が楽しくてしかたないと感じるようになりました!

コーチングや心理学って、コミュニケーションの場でこそ最もその効果を発揮するのかもしれませんね。

※当記事の中で何ヶ所か「外人(ガイジン)」という表現を使っています。最近ではこの言葉は差別的表現として使用を避ける傾向にあるのですが、以前はこういう表現をしていた人がほとんどだったため敢えて一部分で使用させて戴きました。