みんな、コーチングを学ぶとよいことあるよ1 ~次々と目標達成するも、ヤスカズ、コーチングやめるってよ!~

・・・。

また某有名映画のタイトルをパロってしまった・・・。なんと使い勝手のいいタイトルなんだ 笑

さて、今回は新テーマ『みんな、コーチングを学ぶとよいことあるよ』をご紹介します(結果に責任はもてませんが 笑)。サブタイトルを『ヤスカズ、コーチングやめるってよ!』としていますが、これもまた事実です。

当ブログでは発足以来『コーチングとはうさんくさいものなのか!?』を追ってきました。当時『職無し・金無し・彼女無し』の3Nだった自分が、どのように成長していけるかを身をもって検証しているのがこのブログなのですが、検証材料の多くにコーチングを取り入れてきました。

これまでの検証では『そもそもコーチングってうさんくさいのでは!?』というところに始まり、『コーチングは、コーチング団体やコーチさえ間違わなければ良いもの』という結論に至り、『コーチングを受けることで、自分自身がどれだけ成長できるか』と同時に『自分自身がコーチになれるか』というところを検証してきました。

今回は『どれだけ成長できたか』に焦点を当て、さらにはなぜ僕がコーチングを受けることをやめることにしたのかをお話しさせて戴きます。

コーチングと成長の相関性

それではブログ発足から約1年半が経った現在、当時『職無し・金無し・彼女無し』だった僕が、どのような状況になっているのかを見てみましょう。

①仕事面

当時→ 職無し
現在→ 理想の仕事に就けている(しかも2つも!)

②財産面

当時→ 資産無し
現在→ 散財癖・浪費癖がなくなり借金減(サラ金やヤミ金には手は出していません)

あれほど好きだった飲み会や、朝まで飲み屋をはしごすることに興味がなくなりました。そろそろ貯金を始めようかなどと考えています!

③出逢い面

当時→ 彼女無し
現在→ 彼女(らしき)人がいます

その彼女らしき(笑)人というのは、僕が半年ほど前に一目惚れした人です。その女性には当時「彼氏がいるのかな?」という雰囲気だった為あきらめかけていたのですが・・・。

※『彼女らしき』としたのは、その相手のかたが男か女か性別不明というわけではありません 笑。僕ぐらいの年齢になると、おつきあいするに当たり「付き合ってください!」や「俺たち付き合ってるよね?」とか「僕って君の彼氏?」などと確認をしないため、あえて明言を避けた次第です。

1年半の間に、これだけの進展・成長がありました。どこまでがコーチングの効果なのかは不明ですが、少なからず好影響が加わっていると僕は感じています。

身をもってその効果が体験できたため、最近では他人から聞かれると『コーチングって良いよ』と勧めるようになりました。

ヤスカズ、コーチングやめるってよ

それではなぜ僕はコーチングを受けるのをやめることにしたのでしょうか。

コーチングのスキルの中には、人間関係を円滑にする(ことが期待できる)ものがあります。

にもかかわらず、先日見解の違いでコーチと微妙な(険悪な)空気になることがありました。些細なことだったのかもしれませんが、僕は自分が唯一触れられたくない点を批判されたような気がして、あからさまに不機嫌な態度を取ってしまいました。他方、コーチングのプロであるはずのコーチも少し感情的になっているように感じられました。

少し話は変わりますが、前述の『飲みあるき』の場面でも同じような出来事がありました。

ある時期、いきつけのお店の人や、飲み会の参加者から気分を害される(傷つけられる)ような出来事が2,3回立て続けに起こったんです。

以来、本当に親しい友人と飲む以外、飲みあるいたりはしていません。

コーチングを学んでも、全然人間関係よくならんやん・・・

と、一瞬頭をかすめましたが、僕がコーチングを止めたのも、飲み会に参加しなくなったのも、それが原因ではありません。

僕がコーチングを止めた理由

自分の成長に伴い、必要がなくなった

これがしっくりくる理由です。

以前読んだ『嫌われる勇気』の一節(目的論といったかな?)を思い出していました。少しニュアンスは違うかもしれませんが、

これはその人がどこかの段階で「この関係を終わらせたい」と決心をして、関係を終わらせるための材料を探し回っているから、そう感じるのです。相手はなにも変わっていません。自分の「目的」が変わっただけです。

いいですか、人はその気になれば、相手の欠点や短所などいくらでも見つけだすことができる、きわめて身勝手な生き物なのです。

-ダイヤモンド社 『嫌われる勇気』より-

この本のなかでは、誰かをを嫌いになったり、付き合いが無くなる(結果)のは、『その誰かに欠点や受け入れがたい性質をもっているから(原因)』ではなく、『付き合いを終わらせたい(目的)からイヤな部分を見ようとするようになる(原因)』というような内容のことが書かれていました。

コーチングを受けるのも飲み歩くのもやめようと思ったから(目的)そうなるよう、些細なことも拡大解釈し、やめるきっかけになるよう(結果)にしたのだと気づきました。

原因があって結果があるのではなく、結果を導くため、目標達成するため自らその原因となる出来事を引き起こしていたんですね。

今回の結論

ある程度コーチングを学んできた中で、自分自身の目標達成に関してはセルフコーチングで成果を出すことができるようになってきた、時間との兼ね合いなどから、現時点ではコーチの元に通わずとも成果を出すことができるようになってきたと感じていました。

飲みあるきについても、アルコールの力を借りて承認欲求を満たしたり、ストレス発散をせずとも、自分自身に自信と確信が持てるようになってきました。そうなってくると、付き合いやストレス発散の為の飲み会など、自分自身の成長を遅らせるムダなものでしかないと気づいたんです。

コーチングの成果を感じられなかったのではなく、その効果を実感したからこそ、『さらなる成長をするため現在の自分に必要なものとそうでないものを取捨選択した』、ということになります。

というのが今回の結論にして、僕がコーチングを受けるのをやめた理由です。

今後のコーチングについて

さて、そういうわけで、このまま当面コーチングについては自分自身の中でひっそり磨くのみとし、他人から教わったり、誰かをコーチしたりなどするつもりはありませんでした。

ですが・・・

ある、僕が大切に想っている人が。仕事のことで少し悩んでいるようだったんです。どうすれば少しでも彼女の負担を軽くしてあげることができるかと考えました。

その時、やはりコーチングという結論にたどり着いたんです。言葉の詐欺のようですがその為今回の記事に置いてはコーチングを『受けるのを』やめる、としてきました。これからしばらくはコーチとしてのスキルを磨くべく学んでいきたいと考えています。

これからははクライアントとしてではなく、コーチとして・・・。

詳細は後日お話ししますね。

※コーチの名誉のために補足しておきますが、クライアントを目標達成に導くことにかけて、僕のコーチであった西村慶子さんは僕が知る限り最高のコーチだと思います。今回は自分がコーチとして大切な人をコーチングすることになりそうなのですが、行き詰まった時はやはり慶子コーチに相談、もしくは改めて学びに行こうと思っています。
 

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 

 

 

 

 

 

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