気づいたら50歳。ここらで人生振り返ってみることにした1 ~どうしても出来なかった減酒。突然できた!~

本日は思うところがあって、50年の人生を振り返りみると共に、今後の方向性について報告しようと思います。

タイトルの通り、僕は50年間未婚、子供が大好きな母に孫の顔を見せてあげられない親不孝者です。

社会不適合者につきサラリーマンも勤まらず、浅はかな知識だけでIT関連業務で個人事業主として独立。将来の展望も建たないまま日々を過ごしています。

ですが、振り返り見て我が人生。少なくともここまでは本当に楽しく、家族・友人・彼女に恵まれた幸せな人生でした。特にこの2、3年は。

仕事、友人、恋愛、全てにおいて驚くほどよいことがありました。現在も続いています。

努力は昔からしていましたが、非効率な方向に進んでいたからかなかなか実を結ばなかったのですが、この数年は、ビジネスの成功者、永江一石氏や堀江貴文氏、藤田晋氏など、極めて論理的な考え方を参考にする一方、アファメーションや嫌われる勇気の岸見一郎氏など、コーチングやアドラー心理学などメンタル面での考え方も積極的に取り入れた効果なのかもと思っています。

長らく悩んでいて、当ブログでも度々テーマにしていた飲酒問題も解決しそうです。

あんなに悩んで、問題も起こして、それでも治らなかった悪酔い。週に2、3度記憶を飛ばし、飲むと喜怒哀楽のスイッチが入りやすくなるため、時々ではありますが、友人や、その場に居合わせた人とトラブルになることもありました。

それが、突然「飲み会や飲み屋に行きたい!」と全く思わなくなったのです。

その理由は、尊敬するマネージャーと、好きになって仲良くなったのに酔って失礼なことを言ってしまった女性、失った友人、今なお付き合ってくれる友人。皆のことを思うと自ら悪酔いするような環境に身を置こうとは思わなくなったのです。

あと数日で酔って記憶を無くさなくなって2ヶ月になります。

たった2ヶ月?と言われそうですが、僕が酒で2ヶ月も記憶をなくさないかったのがいつか思い出そうとしても出来ません。

 

 

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「どうでもいい」発言は本当にカッコいいのか。~些細なことや『どうでもいい』ことなど短い人生に本当は無いのでは~

「どうでもいい」発言は本当にカッコいいのか。

そんなこと、どうでもいいよ

よくドラマやリアルでも耳にするこの言葉。

僕も以前はよく使っていました。意図的に。かっこいいと思ってたから。

どんなところが?

些細なことを気にしない大きな人間のように見えるから。

または

「人生なんてこんなもん」と冷めたクールな人物に見えるから。

実際よく映画やマンガ、ロックミュージシャンなど、ワイルドで刹那に生きる(キャラ)の人達がよくこのセリフを使用しており、カッコよく見えたものです。

ほとんどアニメを観ない僕の、数少ない大好きなアニメに『響けユーフォニアム』という作品があるのですが、そこに登場するカリスマキャラクターの『アスカ先輩』も、何度かこのセリフを使っていました。

でも今になって思うのです。

果たしてこのセリフは本当にかっこいいのか?

もちろんこのセリフが使われる場面、状況、何に対して言っているのかで全くその意味は違ってきます。

稀に、本当にどうでもいいこと(笑)や、興味が湧かない事柄は誰にでもあります。

僕が今回取り上げるのは『どうでもいい事柄』ではなく、その発言を頻繁にする人物について、そしてこの発言が果たしてカッコいいクールなものなのかどうか、ということです。

『どうでもいい』発言を多用する人ってどんな人?

このセリフ、使わない人は全く使いません。

本当にどうでもいいなら、相手に、誰かに、それを敢えて伝える必要がないからです。

このセリフを言う人は、「自分はそんな些細なことを気にしない大きな人間なのだ」とアピールしたい(実は大したことない)人物か、「そんなつまらないことで私の貴重な時間を奪わないでほしい」という、他人の心配事など本当にどうでもいいワガママな人なのではないかと。

先日紹介した見城徹氏、藤田晋氏の著書『憂鬱でなければ仕事じゃない』にこういう一文があります。

小さなことにくよくよしろよ

「小さなことにくよくよするな」これは人生訓としては、その通りだろう。しかし、こと仕事においては、小さなことでくよくよしなければ、相手の心は摑めない。ましてや大きな仕事など、できるはずがない。

-『憂鬱でなければ仕事じゃない』より-

小さなことすらきっちり出来ない、小さな約束すら守れない、そんな人になぜ大きなことが出来るのか、そんな人に大きな仕事を任せられるのか、ということでしょう。

前述のアニメ『響けユーフォニアム』の”あすか先輩”の発言の真意も後に分かるのですが、母親との確執の中で「自分は皆のように遊び半分で音楽をやっているのではない。だからこそ他人の事に構う余裕などない。心の底からどうでもいい」という発言につながっていたとのことでした。

ところで僕はこのアニメのキャラクターでいうと『あすか先輩』より『ゆうこ先輩』が好きです。

いつも他人のことを心配して、些細なことにも大騒ぎする。でもそれは自分のことではなくいつも他人のこと。

僕はこんな人が大好きですし、自分もなりたいと思っています。一見このタイプの人はお節介で偽善的で『めんどくさい』と見られがちですが、実は本当にかっこいいのはこういう人なのではないか、と思っています。

このサイト名にある『hisshi(ヒッシ)』の意味はもちろん、『何事にも必死に取り組む』のヒッシです。

僕自信がよく他人から「ヒッシやな」と、良い意味でも悪い意味でも言われることがあることから命名したものです。

僕の場合は自分のことに必死な場合がほとんどだったんですけどね。

今後は他人のことにも必死になれる、めったなことで「どうでもいい」などと言わない、本当の意味での『かっこいい人間』になりたいと思っています。

Today’s Recommend

文中にも出てきた著書『憂鬱でなければ、仕事じゃない』を紹介します。

憂鬱でなければ、仕事じゃない (講談社+α文庫)

それともう一つ。最近劇場版が公開されましたね。先日見に行ってきました!映画の感想についてはまた後日ブログで投稿します!

響け! ユーフォニアム(第1期)コンプリート DVD-BOX (全13話, 325分) 武田綾乃 アニメ [DVD] [Import] [PAL, 再生環境をご確認ください]

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実際のQUEENのコンサートに行ったことのある僕が映画『ボヘミアン・ラプソディ』について語る

映画『ボヘミアン・ラプソディ』大ヒットの後、現QUEENの来日が決定しましたね!

ということで今回は『実際QUEENのコンサートに行ったことのある僕が映画『ボヘミアン・ラプソディ』について語る』をお送りします。

はい。今回はただ自慢したいだけの投稿です。

僕の自慢


繰り返しますが、QUEENのコンサートに行った。これは数少ない僕の自慢のひとつです。
それとニューヨークでW松井&イチローを見たということでしょうか。(どちらも自分が成し遂げた功績ではなく、『単にスターを見た』というだけです)

QUEENについては僕がまだ中学生か高校生だったころ、大阪城ホールで行われたコンサートに行ったことがありました(確か僕の人生初のライヴ)。

さて、そんな僕が時を経て(歳をとって)、映画『ボヘミアン・ラプソディ』を見に行った感想をお話ししたいと思います。

結論から言うと泣きました。感動して。

役者は皆そっくり。特にギターのブライアンが。強いて挙げるならフレディ役のラミ・マレックが小柄だったため大柄なフレディとはどうしても違和感が拭えなかったのは事実です。

とは言え、実物を見たことがある僕でさえ(またここで自慢)、完全に映画に入り込める程の出来映えでした(上から目線)。

中でもライブエイドのシーン。映画のタイトル曲『ボヘミアン・ラプソディ』でいきなり泣きました。

『ボヘミアン・ラプソディ』はオペラとロックが融合した、曲調が突然激変する、今聴いても斬新で印象的なメロディーの曲です。

そこに「母さん、人を殺してしまった・・・」と告白する衝撃的な歌詞が乗ってくるのです。

人間歳を取る度に涙もろくなるものです。特に故郷の母のことを思い浮かべたりすると・・・(僕の母は近くに住んでいますが)

それがこの映画のクライマックスでいきなり演奏されるのです。

とても泣かずにはいられませんでした。初めてこの映画を観に行った時は1人だったのですが、泣くのを堪えようとして座席がガタガタ震えるほど感動してしまいました。

ライブエイドのシーンで流れた曲は一般的にも有名?

その後ライブエイドのシーンでは、『Radio GA GA』『Hammer to Fall』『We are the Champion』と演奏され、劇場はさながらライブ会場のように、いやライブ会場以上のテンションで最高のエンディングを迎えます。

いや~、よかったよかった!

と思い劇場を後にする際、ふと疑問に思ったことが2点ありました。

1点は、ライブエイドのシーンで流れた曲の内、『Radio GA GA』『Hammer to Fall』の2曲。もちろんファンにはお馴染みのライブ曲なのですが、あまり日本のCMやドラマなどでは聞かなかったようなきがします。

当時のQUEENをご存じない若い方や、「それほどQUEENにハマってたわけでは無いけど映画には興味があった」という方にとっては、

もしかしたらあまり馴染みのない曲なのかもしれないな

と、思ったのが1点。

もう1点は、映画のフレディの歌声。

全く違和感なく感動して聞けたけど、

本人の歌声では無いよな・・・

でもファンが聴いても違和感ないって、どうやって作っているのだろう。コンピューターでフレディの声を焼き直したとかかな。とか色々疑問が浮かびました。

ググってみると、やはりフレディ本人の声ではありませんでした。

カナダ出身のマーク・マーテルさんという方が歌っているのだそうですね。

実際のQUEENのコンサートに行ったことのある僕が映画『ボヘミアンラプソディ』について語る

では最後に本題に入ります。

実際にコンサートに行った人にとっては、映画は所詮映画で、観客も(基本)歌ったり踊ったりしないし、実物が目の前にいるのとスクリーン内では違うのか、という点について。

友人たちにもよく聞かれます。『実際のコンサートは、さぞすごかったんやろうな』と。

で、はっきり言いますと、

映画の方がよかった!

というのが正直なところです。すみません。期待外れのオチで(笑)

僕は30代位までは、洋楽邦楽関わらずコンサートやライブによく通いました。

いつも思ったのは『会場が大きくなればなるほど、そしてステージから遠くなればなるほど冷める』ということです。

音は爆音でも、遙か遠くに豆粒のように見えるスター。

特に海外ミュージシャンの場合、シンディ・ローパーやデュラン・デュランなども行きましたが、言葉が通じないと言うこともあり、MCはほとんど無し。新曲のプロモーション中心で、最後あたりにお約束のヒット曲を何曲か演奏して終わり。

という流れなんですね。

僕がQUEENのライブに行ったときは、確か『Radio GA GA』や『Hammer to Hall』などが収録されたアルバムが発売されたところだったため、まだラッキーだったとは思いますが。

それに対し、映画では、まるで自分たちがステージにいるかと錯覚するほどの映像技術でストーリーが展開します。

ヒット曲だけを、まるでステージでQUEENと一緒に演奏しているかのような気分になれるのです。

しかもコンサートのように新曲プロモーションに時間を割いたり、ムダに間延びさせるようなこともありません。それどころか彼らの生い立ちや秘話、人間関係なども知った上で、最高の楽曲が流れるのです。

今回の結論

実際にQUEENのコンサートに行ったことのある僕からしても、映画『ボヘミアン・ラプソディ』は最高でした。実際のコンサートの何倍も。

他にもミュージシャンを題材にした映画がありますが、僕はそれらは見たことがないので、良いのか悪いのかはわかりません。

ただ、今後この『ボヘミアン・ラプソディ』のヒットを受けて、他のミュージシャンの映画もどんどん作られることを願っています。

Today’s Recomend

今日は何と言っても『映画ボヘミアン・ラプソディ』でしょう。映画では放送されなかった実際はQUEENがライブエイドで演奏した2曲(を映画版で撮っていたものでしょうか?)を追加したDVD&Blue-Rayです。

僕もほしいです!

ボヘミアン・ラプソディ 2枚組ブルーレイ&DVD [Blu-ray]

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不満と引き替えに得たもの ~人は過去の想い出と共に生きられるか~

僕のこれまでの人生を振りかえりみると、本当に楽しく、幸せな人生だったと思います。

もっとイケメンに生まれたかったとか、お金持ちになりたかったとか、あと五センチ脚長く生まれたかったとか高望みするときりがないのですが、それでも家族や友人に恵まれた幸せな人生だったと思います。

ところが、です。

僕はいつも何らかの不安を抱えて生きてきたような気がします。

いや、若い頃はそれほど不安などはなかったのですが、その代わりに不満が多くあったと思います。

学校や社会や職場に。

歳と共にその感覚は薄れたのですが、その代わり常に不安が付きまとうようになった気がします。

常に楽しいのに何故が先行きに一抹以上の不安を感じる

50歳近くなった今でも恋しまくってます。仕事もこの歳になり本当に熱中できる仕事に出合いました。この数年を振り返るだけでも自分でも驚くような嬉しいことがいくつもありました。

では何がそんなに不安なのか。自分に自信がないからなのか、年齢的にこれ以上成長が期待できないからなのか。

思い返すと27歳になった日の朝

「うわ~、27歳のおっさんになってしまった!もう合コンやナンパとか出来ない!」

と悲しくなったことを思い出しました(自分のなかで勝手に27歳以上の大人がナンパや合コンをするのは世間的によくない、と思い込んでいたんですね 笑)

実際は30代後半まで合コンとかしてましたし、50歳近くなった最近でも飲み屋さんとかで、感じ良さそうな女子グループがいると「いっしょに飲みませんか?」と声かけたりすることもあります。

恋愛にしても35歳位の時

「もうこんなオッサンを若い子は相手にしてくれない」

と悲観していましたが、最近でも20代前半の女の子とデートしたり(と言っても食事か飲みに行くぐらいですが)、かなり年下の女性と付き合ったことも何度かありました。

※僕は比較的若い女性好きですが、好きになる人が全て年下というわけではありません。と、フォローしておきます。

人は過去の想い出を胸に生きていくことは出来ないのか

この記事を書いている今でも今後を考えると少し不安です。サラリーマンではないから収入について不安なのでしょうか?50歳近くなっても独身だから、将来孤独死するんじゃないか、親も自分もいつまで元気でいられるかわからないことが不安なのでしょうか?

すべてだと思います。若い頃は「親がいついなくなるかわからない」という不安も無かったですし、仕事についても「失職したらまた探せばいい」程度に楽観視できていましたから。

結婚願望も無かったとはいえ、なんとなく40歳までには結婚してるんだろうな、と思っていました。奥さんがいて、子供がいると不安とか寂しいとか言っている場合ではなくなるのだろうと。

でもはたしてそうなのでしょうか。

サラリーマンで、結婚していて、子供がいたりすると、寂しさを感じることも無ければ、不安もないのでしょうか。

そんなことはないのでしょうね。

恐らくまた別の不安や寂しさ、または不満などがあるのではないかと思います。

結局は性格の問題?

行き着くところ、やはり性格の問題なのかもしれません。サラリーマンだろうと無職だろうと、既婚だろうと独身だろうと、健康だろうと病気だろうと、楽観的かそうでないか、自分を、自分の将来をどこまで信じられるか、で大きく違ってくるのかもしれません。

僕の場合も、常に「この先どうなるかわからない」という不安を抱えながら過ごしてきました。でも実際はほとんどの時期において楽しく、充実した時間を過ごしてきました。

「今まで大丈夫だったのだからこれからも大丈夫」と思えたら楽なのにな、とはいつも思います。

これからのことは不安だけど、これまではすごく楽しかったから、それだけでOK !と思えれば・・・とも。

その反面、こうも思います。

苫米地英人氏の著書に下記のような内容のことが書かれていたのですが、

人間が不安になるのは、危機回避のための動物的本能である、と。

それにサラリーマンをやめたのも、独身を通しているのも、色々事情があったとはいえ、結局は自分自身が選んだのではないかと、この頃思うようになりました。

不満と引き替えに不安を選んだのだ

と。

う~ん。またも名言が飛び出したところで、今回の記事を閉めたいと思います。

あ、その前にもう一つ。

ホリエモンの日めくりカレンダーにこんな言葉があったのを思い出しました。

人生の不安を消し去るのは情報

Today’s Recommend

本日は文中にも出てきた苫米地英人氏の著書を紹介します。

これを読んだことで不安やイヤな気持ちが完全に払拭されたということはなかったのですが、それでもかなり気持ち的には楽になりました。

「イヤな気持ち」を消す技術

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コーチングを学ぶと『モテる男』になるか2 ~アファメーションは恋愛にも使える!・・・かも~

コーチングでモテるようになるのか!?

はい。なりません。

コーチングでもてるようにはなりません。

 

久しぶりにこのくだりを使ってしまった・・・。

これまで僕はアファメーション(※)の1つの手法『エフィカシーを高める』ということを仕事や対人関係に活かしてきました。

その効果があったのか、実際仕事では自分でも驚くようなありがたい話をいただけるようになりました。

3年前、アファメーションを知るまではITリテラシーが一般以下だった僕が、IT系の仕事で独立するなど誰が想像したでしょう。

現在でもこの流れは続いています。

※アファメーションとは

アファメーションという言葉は、持って生まれた潜在能力、思い描いている理想、望まれる結果を自分に信じ込ませ、効果的な目標設定を行うことを意味します。

ールータイス著『アファメーション』よりー

ルータイス氏、苫米地英人氏の著書でエフィカシーは『自己効力感』『自己肯定感』などと書かれていたと記憶しています。

先日の投稿にもランクインさせたほど効果を感じています。

アファメーションは恋愛にも効果を発揮するのか

しかしこの手法も

恋愛においては効果を発揮しない

少なくとも当てはまる人とそうでない人がいると思っていました。

なぜなら僕は恋愛においては

俺ってけっこうモテるんじゃないか

と調子に乗った時は必ずといっていいほどフラれてきたからなんです。

逆に、好きになった女子に彼氏がいたり、その子が高嶺の花だったりして『自分には無理だな』と思ったときは、意外にも仲良くなったり恋仲になれるということを経験してきました。

ダメだ・・と思ったときは上手くいく、イケる!と思ったときは失敗する、という、エフィカシーを高めるという作用とは反対の結果が生まれてきたからです。

その為こう思っていました。

エフィカシーが効果を発揮するのは、

日頃からコンプレックスを持っていて、”自分はダメな人間だ”と思っている事柄についてのみ

なのではないか。と。

ところが、あることをきっかけに

そうとは限らない

アファメーションは恋愛にも使える!

と思うようになったのです。

アファメーションが恋愛にも使えると思うようになったきっかけとは

それが最近恋愛関連でもスゴく悩むことがあって・・・

LINEで相手がなかなか既読にならないとか、返信がなかなか来ないとか、客観的に見たら大したことないように思えることでも、すごく思い悩んでいる自分がいたのです。

メンタル弱っ!

と思いましたが、こればっかりはどうしようもありません。

数時間に何度もラインを開いて既読になっていないか確認してみたり、返信が来る前に追加のメッセージを送ったり・・・(客観的に見るとキモい  笑)

※余談ですが、現代日本人は一日に約100回携帯(スマホ)の画面を見るのだそうです。恋愛中の女子やオッサンはその3倍以上なんでしょうね。

で、人間って、いくつになっても恋愛や人間関係で悩むんだな、と改めて思い知らされたのです。いや、むしろ歳をとったからこそ老いていく自分に自信がなくなり、ネガティブになってしまうのかもしれませんが。

そうです。

こんなときこそアファメーションの出番なのでは。

と思ったのです。

苫米地英人さんの著書には、気になる異性が出来たときに持つべき心理をこのように表現しています。

いいと思ったら、自分から「どうですか?」といきましょう。そして、声をかけた後に「私が見極めてよくなかったら、すぐ別れますね」と宣言するのです。「私と付き合えるんだから、うれしいでしょ?あなたの価値が低いってわかったら捨てますよ」と、そういう気持ちでいたほうがいいのです。

ー苫米地英人著『悩みを幸せに変える法則』よりー

僕にはここまでのエフィカシーを持つことは出来ません。特に恋愛においては。

それに「こんな上から目線だと嫌われそう」とビビってしまう小市民です。

とはいえ四六時中「何か嫌われるようなことしたかな?」とか「他に気になる人ができたのかも」とか思い悩み、仕事も手に付かない、とかになってしまうぐらいなら、エフィカシーを高めることに意識を向けるほうがよいのではないかと思ったのです。

コーチングで学んだことのひとつに「他人の気持ちはコントロール出来ない」という考え方があります。これは本当にそうだと思います。特に恋愛においては。

ただ他人はコントロールできなくても自分自身の考え方を変えることなら出来るかもしれません。

根拠はなくとも「自分はモテる。もしこの女性が僕をふるなら、この人はきっと見る目がなかったんだ。僕をふるなんてもったいない。僕ならまた他のいい女性と恋仲になれる」と考えるように努めることは出来るかもしれません。

そう考えるといくぶんか気持ちが落ち着き、相手に返信を催促したり、返信がないのにこちらからまた連絡を被せたり、「僕何か嫌われるようなことした?」とか問い詰めたりすることが減りました(少しだけ 笑)

-2019/5/5追記-

この投稿の直後にもまた、気になっている(友人)女性と少しぎくしゃくするようなことが起きました。

「こんな苦しい想いをするぐらいならいっそ会わない方がいいのではないか。」

「色々悩まされて結局フラれるぐらいならこちらから別れ(といっても付き合っているわけではない)を告げた方がいいのではないか・・・。」

などまたもやネガティブモード全開になっていました。

しかし、ここで初めてアファメーション(エフィカシーを高める)ことを思い出し、冷静になることができました。

僕の想いは全て伝えた。(根拠は無いが)彼女にとっても僕は友人として大切な存在に違いない。それでももしもフラれるとしたら、彼女にはよほど見る目が無かった、もしくはそれ以上に大切な、本当に大切な人が出来たのだと、その事を祝福し喜んであげよう、と。

この時はもう、催促のLINEを送ることも、別れを臭わすようなLINEを送ることもしませんでした。

ただ彼女からの連絡を待つことにしました。

少し、ほんの少しだけですが、自分が大きな人間になれたように思えた瞬間でした。

今回の結論(と名言  笑)

とはいえ、やっぱり好きな相手のことはなかなか頭から離れないものですよね。特にこちらの好き度が、相手の何倍も大きい時ほど。

でもそれも恋愛の良いところなのかも。

幻冬舎創業者の見城徹氏&サイバーエージェント社長の藤田晋氏の著書に『憂鬱でなければ、仕事じゃない』という作品があります。これを転用すると

苦しくなければ、恋じゃない

のかもしれませんね。

Today’s Recommend

今回は記事内にも出てきたこちら

悩みを幸せに変える法則

憂鬱でなければ、仕事じゃない (講談社+α文庫)

アファメーション

そして今回はもうひとつ。

こちら『うさんくさい臭』が出まくっているので、これまで紹介しなかったのですが、Amazonでのレビューの良さや自身の経験から最近「けっこう効果あるのでは?」と思うようになったこともあり初めて紹介することにしました。

眠りながら成功する―自己暗示と潜在意識の活用

『潜在意識』とか『眠りながら成功する』とか、ダイエット市場にも言えることですが、「努力もしないで楽に成功する」という商材が最も売れるのだそうですね。

この書籍に関して言うと、『眠りながら成功する』というのは日本で販売するにあたり付与されたセールス用キャッチフレーズであって、内容とは少し相違あるように思いました。

内容はアファメーションと同じように『ポジティブ(理想的な)イメージを強く思い描くことで、実際に自分自身をその理想型に近づけていく』といった内容です。

とは言え、『妹のために強く祈ったら病が消えた』や『強く潜在意識に語りかけたら数週間で運命の人に出会った』など、スピリチュアル的な要素が強いのも事実です。

ただなぜ今回この本を紹介したかというと。病気や恋愛などコーチングでもどうにもならなさそうなテーマに直面したとき、人間はどうしても神仏的なものに救いを求めます。

僕は、占いや血液型をはじめ神仏的なものは基本信じていません。

それでもやはり精神的に追い込まれたときなどはそういったものに関心がでます。

僕も自分自身がヤバそうな病気になったときや、知り合いが深刻な病気にかかったとき等、この本のことを思いだし読み直します。

その後よい結果になったこともあったので今回紹介することにしました。

僕の恋愛についてはどうでしょうか・・・いまだ彼女もいなければ結婚していない、ということは、その分野においてはこの本もそれほど効果がないのかもしれませんね  笑

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ITで食っていこうと決めた僕が、全く関係ないブログを書く理由

なぜ本業と全く関係ないブログを書くのか

今回またも『自分ネタ』を投稿します。

ブログを始めて約3年、ブログのpv数は月間4000~5000、ランキング的に言うと『通訳案内士』『コーチング』『thunderbird 同期』など情報系(商材じゃないよ)が開始当初から最近までずっと上位を閉めています。

ITストラテジストの永江一石さんがよくこうおっしゃっています。「タレントや有名人でもない限り、自分の考えやポエムのようなブログを書いても誰も読んでくれない。それよりも一定数は必ず興味があるであろう『あなたの代わりに調べてあげました』という内容を書きなさい」と。

僕もこれまでその教えに従い、出来るだけ『誰かの為になるだろう情報』をブログにするよう心掛けてきました。

・・・が。

最近は僕自身の考え的な投稿を多発しています。

理由は後述しますが、やはりというか予想通りというか、そういう投稿にはアクセスが集まらず、結果ブログ全体のPV数も下降気味です。

そうなんです。

無名のオッサンの考えなど誰も興味ないのです。

にも関わらず、なぜ僕は人間関係や人生観、恋愛観などを書き連ねているのでしょう。

それは・・・

自分が最も興味あること

それが一番興味あることだからです。

もちろんIT関連のことにも興味あります。仕事をしていて、すごく熱中できるし、やりがいや喜びを感じます。

ですがそっち系では面白いブログを書く自信がないのです。

「人生観や恋愛ネタなら面白いブログが書けるのか?」とツッこまれるとツライところではあるのですが・・・

少なくとも仕事以外のことで、いつも僕の頭の中の大部分を占めているのは『人間関係』や『恋愛』のことなのです。これは幾つになっても変わりません。

「僕と同年代の人はどうなんだ?」とか、「若い人は全然ちがうのかな?」とか、「異性だとどうなんだ?」とか「僕だけが変なのか?」とか。

そんなことをいつも考えているので、ブログネタも容易に出てきます。

もう一つの理由

それともうひとつ。

僕は3、4年前にITの勉強を始めたばかりで、ようやく仕事なりだした、という駆け出しITマンにすぎません。ITネタで業界人を唸らせようなどと、100万年早いのです。

それにIT系とかの情報系ブログで読者の心を掴むのが如何に難しいかも知っています。

よほどのことがないと読者からコメントを戴いたり交流が生まれたりすることはないでしょう。皆さん、あくまで情報を得るためにサイトを訪問しているだけで、筆者がどんな人かとかどうでもいいですもんね。

それに対し、人生観や恋愛、人間関係などの投稿を続けていれば、いつかその考え方に共感した人、または全くの反対意見の人などが、僕に興味を持ち、コメントや質問等いただけるようになる(ことがあるかもしれない)のです!

今は誰も興味ないような投稿でも、コツコツ続けていればいつか固定読者やファン、そして(あまり嬉しくはないですが)アンチなども現れるようになるのではないかと考えています。

これが僕が最近『自分ネタ』を多発している理由です。

確信を持った永江さんのブログ

さて、このブログを書いているまさに今、永江さんの新しいブログが投稿されました。

そこには(ブログではTwitterに限定していましたが)Twitterに限らずSNSやブログでファンやフォロワーを増やす為の前提条件が書かれていました。

それがこちら

1 役に立つことをいう
2 面白いことをいう
3 共感できることをいう

が基本で、これさえできていれば普通にフォロワーなんざ、集まるわけです。芸能人はなにもしなくても集まるけどね。

僕はこれまで、永江さんの考えは1か2のみだと思い込んでいたのですが、3『共感できることをいう』という項目もあったのです。

これならできるかも!

2『面白いことをいう』についてもIT情報系のブログよりは『人間関係』や『恋愛』の方が書けるのではないかと思います。

これからは『共感してもらえるような』できれば『面白い』ブログを書くよう精進してまいります。

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本日はなんと言っても永江一石さんの著書でしょう。

永江一石のネットが面白くてナニが悪い!!: ブログ3年間でバズった59エントリー総まとめ
 

金がないなら頭を使え 頭がないなら手を動かせ: 永江一石のITマーケティング日記2013-2015 ビジネス編
 

聞くは一時の恥: 永江一石のなんでも質問 なんでも回答 メルマガベストセレクト 2012-2013 永江一石のなんでも質問 なんでも回答
 

素人の顧客の意見は聞くな: 永江一石のITマーケティング日記2012
 

Eye-Catch Photo by Timothy Perry on Unsplash

 

 

恋愛でもひとつ目標達成した!という話

2年以上あこがれていた人とのお別れ

先日から何度かお話ししていた、いきつけのレストランバーの憧れの女子店員さんがついに就職のためお店を引退されました。

その子の最終日に際し、その日お休みだったであろうお店の同僚、以前お店に勤めていたスタッフ、ファンのお客さんなどが訪れ、その日は終日満席、それはそれはスターの引退セレモニーのようでした。

思い返すと僕も友人や仕事仲間に付き合ってもらいよくそのお店に行ったものです。

飲みに付き合ってもらった友人の数は30人以上、僕1人で飲んだビールはこの10か月で600杯以上、僕が来店した回数は・・・数えきれません。

そんな僕を見て心無い知人は「俺なら速攻で告(コク)って、断られたらすぐ別の女にいくけどな」とダメ出しをしてきました。

彼らはまったく分かっていないのです。

だれでもいいから彼女かほしいというわけではないのです。忙しい合間の唯一の癒しの時間、ようやく見つけた良いお店(というか店員さん)なのです。そんな無謀な賭けをして2度とお店に行けなくなったらどうするのですか。

それに僕は自分自身を客観的に把握できています。勘違い野郎ではないのです。大してモテ男でもなければ大金持ちでもない50歳近いオッサンが、近隣でもちょっと噂のかわいくてアイドル的存在の女子大生の店員さんにいきなり声をかけて上手くいくことなどあるはずがありません。

なので彼女(ぼくの、という意味ではない)を初めて見たときから引退される日まで、一度たりとも「どうこうしてやろう」とか「付き合えるかも」などと思ったことはありませんでした。

その女性に彼氏がいるのかいないのかなども聞いたこともないですし、いたとしても気にしません(同じ店にいたら気まずいですけど)。なんなら結婚していてもかまいませんでした。不倫してるわけではないので(したくても出来ませんが 笑)。

僕が当初から掲げていた唯一の目標

そんな謙虚な僕にも当初から『これだけは』と掲げていた目標がありました。

それは、

彼女がお店をやめるまでに僕が個人事業主になり、その肩書きの付いた名刺を渡し「何かあったら連絡ください」と伝える

というものです。

こちらから「連絡先教えて!」とか言うのではなく、僕の連絡先が書かれた名刺を渡し「何かあったら連絡ください」と伝えようと。

誰に何を言われようと、この目標だけはブレませんでした。

そんな感じで、ほんとにアイドルやタレントのファンのような気持ちのまま彼女の引退の日を迎えました。

「目標ってそんな簡単なこと?」と思われたかもしれませんが、これがなかなか一筋縄ではいかないことはわかっていました。

彼女、ファンの多さから、明らかに彼女目当てで店に来ている男性客のことはすごく警戒しているようだったのです。僕ももちろんその警戒されている一人でした。

いや、彼女、お客様には皆すばらしい接客をするのです。大学生のアルバイトとは思えないほど。僕がファンになったのも初めて店に来店した日ですから。

ただ店の前から店内を覗きこんで、彼女がいる時しか店に入って来ないお客さんや、帰りを待ち伏せされたことなどもあったそうで、そういう人達のことを警戒していたようなのです。

僕、というか僕の友人が彼女のシフトを何回か聞いたこともありましたが、もちろん教えてもらえませんでした(キャバクラじゃないので当然シフトも教えてもらえないですよね)。

店ぐるみでマークされている雰囲気を感じたこともあります。

僕は友人と店を訪れる時は予約してから行くようにしていたのですが、そういう時は決まって彼女は僕たちの席から遠いセクションを担当するようになっていましたから。

お店で何時間も飲んでいたにも関わらず全く話せなかったことも何回もありました。

兆しが見えはじめた

それでも通い続けると、その店の店長さんや他の店員さんともよく話すようになり、また多くの友人や女性の友達なども飲みに付き合ってくれたためか、後半少しですが警戒が溶けはじめたように感じることがありました。

ほんの2ヶ月ほど前までは「引退の日まで警戒されたまかもしれないな」と諦めムードだったのですが、「もしかして」という雰囲気が見えはじめたのです。

そしていよいよ彼女がお店を引退する日が決まった3月初旬、ついにシフト(ラスト3回の出勤日と時間帯)を彼女から直接教えてもらえたのです!

しかも話の流れがあったとはいえ、大学の卒業式の日まで教えてもらえました(もちろん行ったりはしませんが)。これってある程度気を許してもらってるってことですよね?少なくともストーカーとかにはならないだろうという。

ラスト3回・・・

シフトを教えてもらえたこともあり、当然すべての日にお店に行きました。3回すべて別々のプレゼントを持って。

初回は知り合いの女子が働く化粧品ブランドのルームアロマやスキンオイル等々。

2回目は同僚の女子に教えてもらったイチゴケーキ専門アローツリーのケーキ。

そしてラストの日は花束を。

こちらラスト2回目にお店にいった時に「好きな花は何ですか?」と聞き『さくら』だと知っていたのと、これも偶然知った彼女の誕生日が4月だったことから、『さくらとラナンキュラス(4月の誕生花)の花束』を用意しました。

2月末に個人事業主申請は、提出、受理済みです(詳しくは下記参照ください)。


プレゼントも用意しました。

あとは彼女に渡す用の名刺を新たに新調し、渡す際「何かあった連絡ください!」と伝えるのみです。

そしていよいよファイナルの日

当日、注文していた花屋さんに花を取りに行くと、この花束の中に無記載のメッセージカードあることに気づきました。

急遽そのメッセージカードに、「お疲れ様」という旨のメッセージと「何かあったら連絡ください」と名刺に一筆いれることを思い付き、少しだけ作戦変更しました。

いよいよお店へ

花束を持ってお店へ行こうとすると、約束していた友人達から「ちょっと遅れます」との連絡が。

「こんなでっかい花束持ってお店に入るの恥ずかしいな」と思ったものの、もう後には引けません。

お店に入ると彼女(僕の、という意味ではない・・・もういいですね  笑)が迎えてくるました。

それとなく花束を後ろに隠して入店したのですが、すぐに「見えちゃいました 笑」と笑われました。

その後友人が合流し、結構飲んだ後、用事のあった友人達は帰る時間になりました。

そしてそのタイミングに併せ『花束を贈呈する時間』が来たのです。

既に花束を持ってきていることはバレバレだったのですが、友人達が気を効かせてくれ、『ツーショット写真撮りましょう!』と言ってくれました。

実は以前にも1度その女子に「写真撮らせて下さい!」とトライしたことがあったのですが、その時は見事に玉砕。

でも今回は快く受けてくれました。

その写真に写った彼女の胸にはしっかりと僕が贈った花束が抱えられていました。僕の連絡先とこのブログのURLが書かれた名刺と共に。

もしかすると彼女がこのブログを見ているかもと思うと少々緊張しますが・・・

何はともあれ目標達成!・・・です。

その後1人で残った僕は、彼女のラストオーダーのビールを飲んでいよいよ会計に向かいました。

すると店長さんが受付に来てくれ、僕が店を出るタイミングでお店のスタッフ全員に「はい!皆でお見送りして!」とお店の外までスタッフ全員でお見送りしてくれたのです!銀座のクラブさながらに。

まるで僕の送別会のようでした 笑

僕は彼女に手をふり、かなり酔っぱらってはいましたが悪酔いはしていない状態でラストを迎えることができました。

かくしてオッサンの1つの恋が終わりを告げたのでした。

いや、恋ではないですね。恋だったら遅かれ早かれ告白はしていました。そうでなかったということは・・・やはり1ファンだったということです。

そして、『終わりを告げた』という部分も訂正しておきます。1パーセントでも連絡が来る可能性が残っていれば、まだ終わりではないのですから。

Today’s Recommend

実は僕、この曲(というか花束を贈ること)に、苦い想い出がありました。

しかし今回はすごくいい想い出になったことから、この曲がまた良い想い出の曲になりました!もともと最高に良い曲なんですけどね。

花束を君に

Eye-Catch Photo by Simon Hattinga Verschure on >Unsplash

 

僕が痴漢にもストーカーにもならない理由 ~性犯罪者、女性、警察の皆様へ~

今回のタイトルについて

つり的なタイトルですみません。
 
※『つり』とは、ブログや記事などで読者の興味を牽くためわざと驚くようなタイトルを付けて読ませるものの、実は中身は無い、というあれです。

今回の投稿はその『つり』に近い内容です。あしからず。
 

僕が痴漢にもストーカーにもならないと思える理由

さて、今回なぜこのような投稿をしようと思ったかというと。

1つには、あまりに些細なことで『あの人はストーカー』とか『それってストーキング』とかいう女子が多すぎるから。

もう1つには、上記のような風潮を作ってしまった犯罪者と、日本の警察体制にもの申したく。

なぜ僕が痴漢にもストーカーにもならないかというと、

まず第一に犯罪だから。

第二に僕にはそういう性癖がないから。

あと、親が泣くから。

というか、痴漢にもストーカーにもならないのが普通なんですけどね 笑

僕は一般の40代50代に比べて『女性好き』なほうだと思います。

それでも痴漢やストーカーにはならないと言いきれます。※冤罪に巻き込まれる可能性はありますが。

僕は普通のレストランやバー、高いお酒を振る舞う飲み屋さん(世間的にはキャバクラと呼ぶ)などにも、気に入った女性がいると通ったことがあります。※もちろん僕に彼女がいないときだけです!本当です!💦

反面アイドルや有名人の追っかけなどはしたことがありません。ファンクラブすら入会経験なしです。

なぜか。

好かれたい願望が人一倍強い

やっぱり相手に僕のことを好きになってもらいたいから、なのです。

僕は人一倍『愛されたい、好かれたい』という感情が強いのだと思います。※確か嫌われる勇気(アドラー心理学)では承認欲求を認めない、だったと思いますが。

少しぐらいお金や時間を使ってもいい。僕のことを、僕の存在を客としてでもいいから好きになってくれるなら少しぐらい高い店にも通います。

反対にどんなにルックスや性格も良い女性がいたとしても、僕のことを1ファンとしか思ってくれない、または存在さえも知られることのないアイドルや有名人に熱をあげることはありません。

痴漢やストーキング、覗きなどもそうです。その女性が魅力的であればあるほど、その女性に好かれたいと思います。嫌われたくないと思います。

なのでいくらその女性が魅力的でも、明らかに嫌がられるのならば、会えたとしても、裸を覗いたり、体を触ったりしても全然嬉しくないからなんです(多分ですが。そんな状況になったことがないので 笑)少なくとも、「嫌われてもいいからそういう行為がしたい!」などと思ったことはありません。

反面お金を注ぎ込んだりプレゼント攻撃をすることでデートしたりエッチな行為をしたり、またはそういうお店にいくことについては、犯罪でない範囲なら否定はしません。
 
お金をもらうことでその女性も喜んでいるわけですし、経済力も男性の魅力の一部だと思いますし(僕にはありませんが 笑)。

今回言いたかったこと

さて、冒頭の話題に少しだけてふれておきます。これを有名人やインフルエンサーが言うと炎上することになりそうですが。
 
『セクハラ』や『パワハラ』などもそうなのですがしっかりとした定義がないまま(もしくは認知されていないまま)言葉だけが独り歩きしてしまっている感があると感じました。
 
軽い日常会話のつもりで言った言葉であっても『セクハラ』、部下のことを思い叱ったつもりが『パワハラ』、そして純粋に女性を想い続けていると『ストーカー』などなど。
 
痴漢も含め、これら犯罪は憎むべきものなのですが、その裏で冤罪やセクハラ、ストーカー呼ばわりされないかとおびえ日々の生活を暮らしている男性がどれほど多いことか。
 
そしてその反面、本当の犯罪であったり、犯罪レベルの行為が行われているのも事実です。だからこそ本当は大したことでもないのに騒ぎたてる人が増えるのでしょう。
 
そして些細なことで騒ぐ人が増えると増えるほど、実際に被害にあっている人や、遇いそうな人が警察に相談しても『実際に明確な被害が出るまで動けない』という事態を生んでいるように思うのです(事件の重大性や優先順位、マンパワー的な部分もあるかとは思いますが)。
 
で、何がいいたかったというと・・・
 
痴漢やストーカー行為を行ったことがある人、してみたいと思ったことがある人へ。
 
痴漢は犯罪です。ストーカーも線引きがあるのかもしれませんが犯罪です。あなた方のせいで苦しんでいる被害者、その陰でおびえる女性、男性も多くいるのです。冤罪で人生が破綻した人も少なくないと聞きます。
 
そのエネルギーをもっと別の世の中のためになる方向に向けてください。
 
女性の皆様へ。
 
過剰に『セクハラだ』『ストーカーだ』と騒ぎ立てる前に、冷静に相手の男性の気持ちを考えてあげてください。
 
警察の皆様へ。
 
いつも国民の安心を守ろうと全力を尽くしていただきありがとうございます。凶悪犯罪や重要案件に立ち向かうこともあるかもしれません。頭が下がるばかりです。
 
ですが、取り返しのつかない事件になる前に、ストーカーや痴漢などの案件も未然に防ぐ方法を考案していただいたりすることは難しいでしょうか。相談者に寄り添ってあげていただくことは難しいでしょうか。
 
今回はふと思ったことを書きなぐってみた、みたいな投稿でした。

Today’s Recommend

今回の内容とは直接関係ないのですが、『痴漢』→『えん罪』と連想したのと、この投稿を書いているときに見ていた坂口健太郎さん主演のドラマ『イノセンス 冤罪弁護士』がめちゃくちゃ面白かったので、紹介することにしました。

このドラマ、僕は放送開始途中から録画を初め、第六話、第七話を見ただけなのですが、予想を遙かに超える面白さでした。

毎回ドキドキするし、泣けるし。視聴率を稼げないから面白い脚本を書く人もなかなか出なくなったといわれる昨今のテレビ界において久々のヒットと言えるのではないでしょうか。

脚本も「またマンガのドラマ化かな」と思っていましたが、そうではないようです。

イノセンス 冤罪弁護士 DVD-BOX

 

そして今回も文中に一瞬出てきた『嫌われる勇気』を紹介しておきます。

嫌われる勇気に下記のような一文があります。ここでは詳細について割愛しますが、興味のある方は是非著書を読んでみてください。

アドラー心理学では、他者から承認を求めることを否定します。

-『嫌われる勇気』より引用-

嫌われる勇気―――自己啓発の源流「アドラー」の教え

 
Eye-Catch Photo by Rene Böhmer on Unsplash
 
 
 
 

 

 

愛されながら亡くなった親戚の叔父さん。その時「僕は愛されながら死ねるだろうか」と「人間がやってはいけないこと」を思った~

人が死ぬということ

また1人知り合いがこの世から去ろうとしています。

重いテーマですみません。

こんな時にブログ投稿?と思いましたが、人生観や人生そのものをテーマにしているブログなので、こんな時こそ書くべきと思い急遽内容を変更し投稿することにしました。

その人は僕の叔父にあたるのですが、僕ら兄弟が子供の頃はよく釣りや海水浴に連れていってもらったという記憶があります。

叔父は、あまり笑いのセンスがない僕達親戚連中において、1人だけ飛び抜けて話が上手く、いつも冗談を言って周りを笑わせているような人でした。

子供の頃から「面白い人になって人気者になりたい!」と思っていた僕にとって、叔父は親戚の中でも憧れの人物の1人でした。

そんな叔父の元気な姿を最後に見たのは数年前だったと思います、別の親戚が亡くなったお葬式の時でした。

元気、といってもその際すでに病気が発症していて、背骨が大きく湾曲していました。「腰が痛くてたまらない。誰かマッサージして」と言っていたのを覚えています。

その時はまだ原因が分からなかったらしいのですが、その後何軒か病院を回るなかで、何千人か、何万人かに1人がかかる奇病だということがわかったんです。※昔、三浦春馬さんが演じていたドラマで見たALSという病気なのかな・・・と思います(違うかもしれません。聞けませんでした)。

その後お見舞いに行った時には既に筋肉が落ちきっており、病院で寝たきりで、酸素マスクをしていたこともあったのか話すこともできなくなっていました。

かっこいい生きざまとは!?

その見舞いの際、非常に驚いたことがありました。

話すことも立ち上がることも出来ない状況にも関わらず、叔父は見舞いに駆けつけた僕らを見ると、筆談で冗談を書いて皆を笑わせはじめたのです。

くだらないダジャレなどではなく、普通にセンスよく笑えるものでした。

すごい!と思いました。

よく洋画などで主人公が絶体絶命の窮地に追い込まれた状況でも、冗談を言って周りを笑わせるシーンを見かけます。

でも映画を観ていた時は「これってフィクションだから出来ること」だと思っていました。

それが現実に目の前で行われていたのです。

純粋に「カッコいい!」と思いました。

僕ならとてもそんなことは出来ないでしょう。悲観的になって周りに気配りする余裕などなくなっていると思います。

叔父の様態が急変

叔父は僕の母の弟にあたるのですが、母は毎週のように叔父の病院にお見舞いに行っていました。

僕らがお見舞い行ってから何年が経ったでしょうか。この投稿を書き始める数日前、僕の母の元に、叔父の様態が急変したという連絡が入りました。

「数年病院で寝たきりに近い状態だった人の様態が急変したとなると、もうダメかもしれない」その時僕はそう思いました。

「でも、もしも治る見込みがないのなら、これ以上入院生活が長引くよりむしろいいのかもしれない。ご家族にとっても・・・」

そして母にもそう話したんです。

・・・すると母から驚くべき回答が。

「普通はそうなんやけどね。弟の奥さんはそう思ってないみたい。旦那さんがいなくなるとどうしていいかわからない。1日でも長く生きていてほしい、と思っているみたい」と。

驚きました。元気な時ならまだしも、病院で寝たきりになって3、4年。それでも尚、1日でも長く一緒にいたい・・・

どれ程の愛情の深さなのでしょう。そして叔父はどれ程愛されていたのでしょう。

僕は、僕自身の人生を省みていました。

僕は、特に秀でたも才能もないくせにワガママで自分勝手。やっと彼女が出来たと思ったら直ぐに三下り半を突きつけられる始末。

50年近くも生きてきて、他人からこんなに愛されたことなどない。

そして、この先も無いかもしれない。

そんなことを考えていました。

友人や職場の上司の中には『結婚なんかそんなに良いものではないよ』と言う人も少なくありません。

一方でこんなに愛し合っている夫婦もいる・・・。

いろいろなことを考えさせられました。

その時は来た

そして今、実家の母から連絡がありました。

叔父が永眠されたそうです。

多くの人から愛された、本当に幸せな人生だったと思います。

本当におつかれさまでした。

お見舞い、お通夜、お葬式、と参加させて頂いて改めて思いました。

やっぱり生を受けて何年かでも生きてきた以上、1人でも、2人でもいいから愛されたい。

それが出来た人って羨ましいな。

50年近くもそれが出来なかった自分が情けないし、それが出来ているすべての知り合いや友人を羨ましく思いました。

最後に

誰かが亡くなった時いつも思います。

僕の父が亡くなったときは、母が何時間も病室から離れず遺体の前で泣き続けていました。

そして今回の叔父のお葬式の時も、奥さんはずっと泣いておられました。

1人の人が亡くなるだけでも何人もの人が深い悲しみに包まれるのです。時には絶望の縁に落とされます。

普段はあまりメッセージ性の強いことは書かない当ブログですが・・・こういう時だけは言わせてください。

殺人は絶対いけません。

他人を殺すのはもちろん、自分自身を殺すのもいけません。

病気や寿命など避けられない状況を除き、一人でも悲しみにくれる人が減ることを僕は望んでいます。

Today’s Recommend

こんな時に商売がからんだアフィリエイト広告は付けるべきでは無いと思い、今回は作品の紹介のみとYouTube動画を添付させていただくことにしました。

三浦春馬さん、多部未華子さんが主演主演した前述のドラマ『僕のいた時間』、DVDがでていますので、是非見てください。

そしてそのドラマの主題歌、Rihwaさんの『春風』。ドラマの影響もあったかもしれませんが、僕はこの曲を聴くと未だに涙が出ます。

そして、恋愛の曲としても、僕が最も好きな一曲です。

 

Eye-Catch Photo by Chris Buckwald on Unsplash

 

僕が個人事業主申請をした理由 ~SEOサービスって実際効果あるのか?を検証した結果~

個人事業主申請してきた

わたくしこの度個人事業主申請をしました。

※個人事業主申請とは

事業内容は以下の通り

職業:WEBデザイン・WEB解析業

・WEB解析
・SEO提案
・WEBサイト構築・ブログ構築/作成
・WEBサイトのデザイン作成・カスタマイズ
・(アフィリエイト)広告シェア

当ブログを読んでくださっている方や、リアルで僕と付き合いのある方はご存知かと思いますが、ブログ起ち上げ当初の僕はというとwebやシステムに対する知識は人並み、プログラミングなどはさわったこともないアナログ人間でした。

そんな僕が当ブログを始めたことがきっかけでシステムやセキュリティに興味を持ち、web解析に興味を持ち、プログラミングにも興味を持つに至ったのです。

3年間コツコツと勉強し、というより興味があったため、忙しい中でも苦もなく学ぶことができました。

きっかけは?

そんなある日、副業で勤めているホテルでマネージャーからサイトのSEO対策について相談を受ける機会がありました。

SEO・・・

業界と関係ない皆さんでも言葉ぐらいは聞いたことがあるかと思いますが、WEBサイトやHPなどを少しでも多くの人に見てもらえるように、ページ内の文章やコードを見直すという、あれです。

個人ブログ等ならまだしも、一般人相手に商売を行っている会社にとってはWEBサイトが、どれだけの人に見られるかというのは死活問題なんですね。

以前に比べると、このSEO対策がサイトの露出度に与える影響は低くなっているのですが、それでも各社、自社で対策したり、外部サービスに依頼したりしているところも少なくありません。

僕がお世話になっているホテルも例に漏れず、このSEO対策にそれなりのお金をかけていたようです。

そして、この日マネージャーに相談された内容というのが、

「毎年ホームページのSEO対策に結構なお金をかけていて、今年は大手のA社と契約しようと思っています。その前に確認しておきたいのですが、この依頼内容であればカズさんでもできますか?」

ということでした。

見たところ僕でも出来そうな内容だったのですが、そのころの僕はまだ自分の知識や技能に自信がなかったのと、ホテルが依頼しようとしていたA社が業界でもすごく有名な大手企業だったため、「出来ると思いますが、その大手企業のような効果は出せないと思います」と答えてしまったのでした。

結局ホテルはそのA社と契約することになったのですが、それでも僕がそのA社の業務に対する効果測定をさてもらえることになったんです。

業界のSEOサービスって実際のところ効果はあるのか?

初めて詳細を知ったSEOサービスの業務内容

で、いざA社の効果測定を始めてみると・・・

驚きました。

いや、すごかったのではなく、

えっ!?たったこれだけ?

こんな薄っぺらい仕事しかしてないんや!

ということに驚いたのです。

その企業が行ったのは概ねこんな感じ。

1) ペラッペラのサイト(というより1枚もののページ)に当該ホテルのリンクを貼っただけのものを30ページほど作り、それを外部施策とした。

2. 既存サイトの一部文章とメタタグを修正し、それを内部施策とした。

以上。

一般の方には少し聞きなれないワードがあったかもしれませんが、とにかく
「大手企業でもこの程度の仕事しかしないの?」という内容だったのです。

※支払い価格が(キャンペーン中とのことで)月1~2万円程度だったので、こんなものなのかもしれませんが。

これなら僕でも出来たな・・・と、初めて思ったしゅんかんでした。

次にホテルに営業に来たSEOサービス

前述のA社との契約が残り3ヶ月ぐらいになった頃、またマネージャーに呼ばれました。

「別のSEO対策サービスの会社(B社)がホテルに営業に来ているので同席して聞いてほしい」とのことでした。

話を聞くとこちらは前述のA社と違い、内部施策中心で、ミーティングで選出したキーワードを出来るだけ多く散りばめたページを新たに数ページ作るというものでした。

A社よりもかなりまっとうなやりかたなのですが、こちらは報酬金額の大きさに驚かされました。出来高制だったのですが成果報酬がバカ高い。

無償のキーワードランキングツール(GRC)で、『B社が選出したキーワードが、何位になったらホテルが⚫⚫円支払う』という成果判定基準です。

この成果でこんなに請求するの?

と思いました。

そして、その時初めて思ったのです。

これなら僕にもできる

いや僕の方が出来る!

と。

実際問題アルゴリズムやSEOに詳しいだけの外部サービスよりも、業界や顧客心理に詳しい内部関係者のほうがよほど検索率をあげられる要素があると言っても過言ではありません。

僕は(宿泊業界においては)その両方に詳しいのです。上手く出来ないはずがありません。

それに海外からのサイト訪問者、お客様が多いこの業界において英語が話せる、検索クエリが理解出来ている僕のほうが幾分か良いSEO対策ができると思いました。

ならば僕がやろう!※許可が得られれば。

とはいえホテルの受付業務はそれはそれでやることが色々あります。SEO対策も片手間でできるほどチョロいものではありません。

ならば僕が個人(事業主)として提案すればよいのではないか。

このホテルに提案を却下されても、他の業界でもSEO対策が必要な企業はいくらでもあるはず・・・!

これが僕が個人事業主になろうと決意したきっかけです。

そのことをマネージャーに伝えると「それ、すごくいいですね」と言っていただけたこともあり、早速ホテルの社長に対し提案をすることにしました。

そしてこの際、同時に僕の事業の『売り』が福次的に出来上がったのです。

僕の事業の売りとは

この提案をするにあたって、僕の業務もしくは成功報酬額をあらかじめ決めておかなくてはなりませんでした。

色々考えました。他の事業をされている方の話なども思い出しました。

「初めは500円でもいいから報酬をもらうという感覚を身に付けなさい」という人もいれば「初めは出来高性がいい」という人もいました。「出来高性にすると責任感がなくなるから、初めにしっかりした金額で契約し、何としても顧客に満足感を与えなくてはという責任を持って働くべき」という意見もありました。

いずれの意見も間違っていないと思います。そこで、僕の現状の経験、スキルに加え、この仕事をすることで何を得たいのかを考えました。

お金はやっぱり欲しい。

好きな女の子にいいかっこしたい。

でも今回最も頭から離れなかったのが
『実績を積みたい』というのと、『お世話になっているマネージャーに恩返しがしたい』という2つの気持ちでした。

ITストラテジスト永江一石さんの『はじめから金儲け目的で商売を始めて、真のお金持ちになった人はいない(※)』という言葉も思い出していました。※こんなニュアンスのセリフということで、一言一句正確な言葉ではありません。

『お金は二の次でいい』矢印右️『出来高報酬制でよい』
『恩返しがしたい』矢印右️『僕がどんな作業をしたかよりも、僕がどれだけホテルに利益をもたらしたか』にフォーカスすべき。

前述のA社もB社もそうですが、『こんな作業しました』とか『検索ランキング上げました』と、いっても実際その結果訪問者や売り上げが上がらないと意味がないのです。

どんなに頑張って調査したり、ページやサイトを作っても、実際にサイトへの訪問者が増えなかったり、増えてもその要因が僕が行った作業とは全く関係なかったりすると意味がないですよね。

突き詰めていうと、どんなにいい仕事をしても、依頼者の利益がUPしていなければwinwinの関係とは言えないのです。

僕は、僕が行った作業により期待する結果をもたらし、その後依頼主の満足を得られて初めてしっかりとした報酬をいただくべきではないのかと思っています。

そのことをマネージャーに伝えると、これにもすごく賛同していただけました。

「カズさんがその姿勢で仕事を続けていれば、必ずその事業はうまくいくと思います」と。

これが僕の仕事に対する姿勢であり、事業の売りです。

当面、実績を積むまでは、基本出来高、その成果の基準も『どれだけ顧客に利益や満足をもたらしたか』で判断していただくことにします。

Today’s Recommend

僕がwebサイト作成するにあたり参考にした資料の中で、最も分かりやすいと感じたのがこの本です。

HTMLやCSSのコードについて、編集前と編集後の違いが明確で、よくある「本の記述の通り進めたのに、その通りに表示されない」ということがほとんど起こりませんでした。

特に初心者には最適だと思います。

HTML&CSSとWebデザインが 1冊できちんと身につく本

それともう1つ。

初心者に優しいといえば様々なジャンルの授業を動画で放送しているスクーさんでしょう。

中でも僕は、WordPressにおいては『めがね先生』、HTML/CSSにおいては『田中晶子先生』の授業にお世話になっています。

Eye-Catch Photo by Mark Solarski on Unsplash

Schoo
 
 

 

ヒッシ・ジェーピー