【政治】政治や社会に無知な僕が思う理不尽なこと6 ~安保法制可決を受けて

さて、ついに同テーマについても一旦の最終日を迎えました。

これまで1~5に渡り、「政治や社会に思う理不尽なこと」についてお話してきました。最終日の今日は、「それではヒロインやヒーローを目指す我々は、その理不尽にどう立ち向かえばいいのか」について話してみたいと思います。

僕は、「みんなでヒーローやヒロインを目指しましょう」と公言してきました。そのため、「理不尽なことであれば、国家権力や反社会勢力にも立ち向かう!」と発言するように思われるかもしれません。

めっ、めっそうもございません!

僕ぐらいの年齢になると、世の中の現実や、手を出してはいけない(アンタッチャブルな)世界と、そうでない世界の区別ぐらいは、なんとなくつきます(誰でもわかる?)。

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※画像はイメージです。本投稿内容に直接関係はありません。

僕が大好きな著者である、里中李生氏や、苫米地英人氏でさえ、それぞれの著書で、下記のように言及されています。

『大臣クラスの政治家に噛みついたところで、庶民の声などは届かない。選挙は支持政党が勝とは限らないし、数年に一度の選挙の争点があなたの悩みであるはずもない。それに腹をたて、「反権力」とばかりにジャーナリストのように動くと、痴漢冤罪で逮捕される恐怖もある。あなたが謎の変死体で見つかる可能性もなきにしもあらず。国家権力とは先進国においても怖いものなのである。』

里中李生『悪徳の成功法則』(宝島社)より引用

《「正義の言動を行っていると」、もしくは「国家権力と戦っていると」、もしくは「アファメーション(自己評価)や抽象度を上げると」、命を狙われることがある。》苫米地英人 著作より

といった内容でした。

※苫米地氏の言及については、どの著作に記載されていたか記憶が定かではなく、本日見つけることができませんでした。見つかり次第、本投稿に記載しますので、ご了承ください。

このように体制に逆らうと、命を狙われることになるかもしれない。体制に逆らった結果、命を落としてしまい、ヒーローやヒロインになった人達も歴史上多くいます。

でも僕は思うんです。

死んだらアカン・・・と。

少なくとも、その人自身や、その周りの人たちは幸せになれないと思うんです。大勢の命も1人の命も比べてしかるべきものではないのです。

僕が考えるヒーロー・ヒロインは、” 死なくてもヒーロー・ヒロインである。” が定義。生きながらにしてヒロインやヒーローでいなければならない。(単に僕がチキンだからというのもあるが 笑)

それではどうすればいいのか。

【本日の結論】

国民が、世界中の一人一人が、知見を積み、できるだけ情報発信するべきだと考えています。そして、多くの情報から何が正しくて、何が正しくないのか・・・自分なりに取捨選択できるようにならなくてはいけません。

そして、僕が複数の成功者やコーチングなどから学んだ「他者貢献で人は幸せになれるのか?」を皆が検証し、もしその答えが『YES(なれる)』なら、1人でも多くの人にそのことを伝えましょう。日本だけでなく世界中に・・・。それこそが、ヒーロー・ヒロインの言動だと思うのです。

そうすることで、世界中に、優しく、良識と博識のある、お金に振り回されない、悪事に手を染めない、他者を悲しませない、幸せな人であふれかえるはずです。(なんか後半は宗教っぽくなったかな?まー、僕は人から崇拝されるようなタイプではないので、大丈夫でしょうけど w)

この方法なら、命がけで、巨大勢力に立ち向かう必要もありません。一人一人が、じわじわ~と、いい人になっていくよう、世界を変えていくだけでいいのです。その活動に貢献するのが、ヒーローとヒロインではないでしょうか。

と、こんなところで、本テーマを一旦閉させていただきます。

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