(タイトルは異なるが) 昨日に続き、サラリーマンであることの『安定/安心感』や『奴隷マインド』について語ってみたい。
先日読んだ里中李生氏の著書にこんな一節があった。
『昔アメリカで黒人の奴隷たちが、白人の家から逃げ出すことに成功したのに戻ってきた話があった。奴隷生活になれてしまっていたのだろう。 -中略-
自由になっても何をしていいのかわからない。ずっと強者と一緒だったからではないか。親、先輩、束縛する恋人、会社組織。
では自分が強者になればいいではないか。
最強になれとは言っていない。ある程度の力を持てば自由を獲得できる。それにはまず、あなたを縛っている強者と決別することだ。』
以上『 』内 里中李生 氏著作 -孤独が男を変える– より。
画像はイメージです。本投稿内容とは直接関係ありません。
何というか、すごく身にしみた一節やった・・・。
そういえば、映画『ショーシャンクの空に』でも、長時間監獄に収監されていた犯罪者達は、いざ釈放されても、世間での生き方を知らないため、釈放を拒んだり、自殺に追い込まれたりしていたっけ。
僕自身も、学校や会社組織に属することで、安心しきっていて向上努力を怠ってきたのだ。
そして、自由になること、柵の中から抜け出すことを恐れていたのかもしれない。・・・あたかも動物園の動物のように。檻の中の家畜のように・・・。
でも忘れてはいけない。動物園もいつ閉園にならないとも限らない。殺処分にされたり、野生に返されるかもしれない。家畜はいつ食糧にされるかもわからない。
さながら・・・
動物園の動物=サラリーパーソン
家畜=社畜
といったところか。
僕も実際に自分が窮地に追い込まれたり、世間の仕組みを知るまで、その”安定神話” が幻想だと気づかなかったお気楽人間だ。
幻想かどうかはともかく、その安定感のなかで一生を過ごせたら、それはそれで幸せなのかもしれない、とも思う。
だが・・・
【結論】
今後、会社中心の収益形態の崩壊が謳われている中では、自分自身で稼げる能力や創造性が必要になってくる。
それらを獲得するには、時には自ら、身近な強者と決別しなければならない時があるのではないか。
幸か不幸か、望むと望まないとに関わらず、僕の場合は、正社員雇用という強者と決別することになった。これは大きく成長するチャンスと捉えている。
もちろんこのテーマは、当ブログの基本テーマ『何の取り得も無いオッサンがヒーローになれるのか』に一致するものなので、今後検証と、経過報告を続けたいと思う。